少年野球

少年野球の当番|コミュ苦手を克服しないと母親失格なのか?

こんにちは。最近、少年野球のことばかり書いているかおる子です。今回は、子どもが少年野球をするにあたって、母親に求められることについて思うことを書きたいと思います。

自分について

私はいわゆる「コミュ障」です。日常生活や職場での必要な会話や応対、会議、プレゼンなどは平気なのですが、『プライベートにおける複数人下での世間話』が極度に苦手です。なので、ママ友と呼べる人(子育てについて気軽に話せる人)は1人だし、親友と呼べる人は大学生来の友人1人だけです。

親友は遠方に住んでいるので、会えるのはせいぜい年に2回ほど。その子以外で、プライベートでランチしたり遊んだりするほど仲の良い友人はいません。

社交的な人から見たら信じられないかもしれませんが、私は休日に遊ぶ友人が少ないことを悲しんだことは全然なく、むしろ、一人で趣味のブログや読書(漫画)に没頭できる時間が何よりも楽しく、気分転換になっていました。

かおる子
かおる子
仕事で頑張ってるんだもの、休日くらい人に気を遣わなくてもいいじゃないと心からそう思っていました。

夫から今の私ではダメだと言われた

以前の記事で、少年野球の保護者当番について書きました。色々思うところはあるものの、一人前に当番をこなせるように、教えてもらったことはしっかりメモに取り、次はきちんとできるように復習したり、家でもスコアのつけ方を勉強したりと頑張っているつもりでした。

でも、先日夫からこう言われました。

夫
もっと他の母親たちの輪の中に入っていかないといけない。今のままでは浮いたままになる。当番はやって当たり前のこと。それ以外のコミュニケーションの部分で、もっと頑張らないと。苦手苦手って言ってたら、ずっと苦手なまま。頑張ることで、新しい世界が広がるはず。友達も一人くらいしかいないやろ?かおる子はプライベートゾーンが強すぎる。子どもが少年野球をするっていうことは、母親もコミュニケーションを積極的にとっていくことは重要な役割。

ことの経緯

夫の発言の背景には、先日行われたチームのバーベキューがあります。私は下の子もまだ小さかったということもあり、当日は夫と息子のみ参加しました。

かおる子
かおる子
総勢80名ほどの参加者で、母親が不参加だったのは私ともう一人くらいでした。

バーベキューが終わって帰ってきた夫から開口一番に言われたのが、先述した言葉です。

「もっと他の母親たちの輪の中に入っていかないといけない。今のままでは浮いたままになる。当番はやって当たり前のこと。それ以外のコミュニケーションの部分で、頑張らないと。苦手苦手って言ってたら、ずっと苦手なまま。頑張ることで、新しい世界が広がるはず。友達も一人くらいしかいないやろ?かおる子はプライベートゾーンが強すぎる。子どもが少年野球をするっていうことは、母親もコミュニケーションを積極的にとっていくことは重要な役割。」

さらに、「ただ参加して愛想笑いをしているだけじゃ、周りもそれを察知して、あぁ、この人はこういう人なんやって思われてしまう。」「俺自身も好きで行ってると思うか?行かなかったら、非協力的な家として認識されてしまう。それは息子のためにならないから行ってる」とも言われました。

正直な気持ち

夫の言うことは正論なんだと思います。当番以外にも、そういう会に積極的に参加して親交を深めることができれば、色々な深い話も交わすことができるし、純粋に楽しい時間を過ごすこともできるし、チームの結束力にもつながるんだと思います。

それはわかっています。夫が私のことを思って、敢えてきつい言い方をしたのも頭ではわかっているんですが、正直心が追い付かない。自分を全否定されているようで、ものすごく凹んでしまいました。

今後も、夏の合宿や忘年会、卒団祝いなど節目節目で保護者参加の色々な催しがあります。愛想笑いを浮かべる時間が多くなるかもしれないけれど、子どものためと割り切れば参加する気持ちでいます。

でも、夫が私に求めるものは、「愛想笑いは周りも気づくし、盛り下げる。積極的に輪の中心に入っていけるように努力しないといけない」というものです。

ただ参加することだけでも気分的に重いのに、その上さらにその場の雰囲気に溶け込めるように振る舞わないといけないというのは、私には本当にハードルが高すぎます。

夫に問いたい

夫は小学校から大学まで、ずっとバリバリとスポーツをやってきた人です。夫にしたら、「なんでそんな当たり前のことができないのか」「なぜ努力して自分を変えようとしないのか」という感じなのかもしれません。

人よりコミュ力が乏しいことで、確かにこれまで多くの失敗や挫折も味わってきました。自分を守るために、楽な方へ逃げてきたことも数えきれないほどあります。コミュ力があれば、きっともっと華やかで楽しい時間を過ごせたのではとも思います。

ただ、右往左往する中で、私は今の仕事に出会い、生涯をかけて取り組みたい目標にも出会いました。その目標を達成するための努力は怠っていないし、「ブログ」という没頭できる趣味にも出会いました。自分なりには充実していると感じていただけに、夫から今の私を全否定されるような言葉を受け、ダメージが大きかったんだと思います。

あと、私が夫からの発言を素直に受け入れられない背景には、『夫の育児への協力の乏しさ』があると強く思います。

夫は激務で帰宅は深夜を過ぎることが大半なので、二人の子育てはほぼワンオペでやってきました。正職で働き、家事の一切もこなしてきました。夜間の授乳でフラフラの時も、子どもが病気の時も、しんどい時に、助けてほしい時に、夫の協力は得られませんでした。

上の子が大きくなり、野球を始めたことで、夫の父親としての出番が増えてきたことはとても喜ばしいことなのですが、正直内心では、「ここまで育てるまでの苦労をこの人は知らない」という感情を夫に感じている自分がいます。

子育てをすることで、得た幸せも計り知れないけれど、失ったものもたくさんあります。育児にかかる手が薄らぐ中で、ようやく日々の慌ただしさの中にも少し余裕が出てきたまさにそのタイミングでの夫の発言。

「子育てのコの字も知らん奴が何をぬかすねん」

時間が経つにつれ、自分を否定されたことのショック以上に、夫の「何様」発言に対するイライラが湧き上がってきます。

そりゃ、コミュ力高くて、明るいお母さんはチームにとってもいいでしょう!

でもね、当番云々の前に、『家庭生活を滞りなく遂行する』ことが何よりも私にとったら重要な課題なんです。

5時半起床後、朝食作って、身支度を整えて、抱っことせがむ娘の相手をして、朝食を食べさせて、ダラダラ&プチ反抗期の息子に歯磨きやら持ち物準備をさせて、茶碗洗って、電車の時間に間に合うように娘を園に送って、満員電車にもまれながら職場について、定時になったらダッシュで帰って保育園と学童にお迎え行って、夕食作って、風呂沸かして、食べさせて、風呂入れて、掃除機して、洗濯物干して、寝かせて、持ち帰り残業して、そしてまた朝が来る。

ただひたすらこの繰り返しの日々。子どもが病気になったら忙しくても仕事を休んで、日中も夜間も看病。

で、休日は少年野球の当番。

コミュ力高くないけどさ、当番に関することはきちんとやりたいと思っているし、一人前に仕事をこなせるように努力してるよ。

それだけじゃダメなん?私、頑張ってると思うんやけど、足りないの?どんだけ完璧なお母さん像が頭の中にあるの?私にコミュ力アップを期待するなら、今私が抱えているオカン業を、ちょっとは手伝うくらいの気持ちはないわけ?

子どもへの愛情は日々深まるのに、それに反比例して、夫への愛情は日々薄まる今日この頃。夫への愛情が復活するだけの一発逆転ホームランな出来事は、今後やってくるのだろうか。

さいごに

なんか、取り留めもない愚痴ですね。最後まで読んでくださった方々、本当にありがとうございます。なんでもかんでも抱え込むと、精神衛生上好ましくありません。夫はこんな風に言ってるけれど、私は今の自分ができる範囲のことを今後もやっていこうと思います。